2019年1月22日火曜日

2月5日(火)日本二十六聖人が残したメッセジ

母に宛てたトマス小崎(14歳)の手紙

神の御助によって、この数行をしたためます。
長崎で承継されるためそこへ向かう神父と私達は、
先頭に揚げた宣告文の通り、二十四人です。
私と父上ミゲルのことについては御安心下さいますように。
天国で近いうちにお会いできると思います。
神父様達がいなくとも、
もし臨終の時、犯した罪の深い痛悔があれば、
又もし主イエス・キリストから受けた数多くの
御恵みを考えそれを認めれば救われます。
現世ははかないものですから、
パライソの永遠の幸せを失わぬように努めて下さいますように。
人々からのどのような事に対しても忍耐し、
大きな愛徳をもつようにして下さい。
私の弟達マンショとフェリペを未信者の手に渡さぬように御尽力下さい。
私は我が主に母上達のためにお祈り致します。
私の知人の皆様に宜しくお伝え下さい。
重ねて申し上げます。
貴女が犯した罪について深い痛悔を持つようにして下さい。
これだけが大切なことです。
アダムは神に背いて罪を犯しましたが、
痛悔と償いによって救われました。

         (1597年1月19日)
         (1597年のルイス・フロイスの記録より)


                         SMC 
                                                                                         SMG  

2019年1月14日月曜日


 113日(日)にマリア院で、毎月13日に行われているファティマの祈りがありました。外は零下の真冬日であるにもかかわらず、20名近くの方々がいらしてくださいました。

 ファティマの祈りとは、第一次世界大戦のさなか1917年に、聖母マリアがポルトガルのファティマという村で3人の羊飼いの少年少女の前に現れたことを記念する祈りです。マリア様は3人に、これから6ヶ月間、毎月13日に同じ場所に来るように、そして毎日熱心にロザリオを世界平和のために祈るよう勧められました。これにちなんで、私たちも毎月13日にロザリオの祈りを中心として1時間ほどの祈りの時を持っています。

 今年はまた、113日は主の洗礼の祝日でもありました。この祝日は、クリスマスを頂点とした降誕節をしめくくる日です。イエスがヨルダン川で洗礼を受けられたのち宣教生活に出て行かれたように、私たちも平和の使徒として世に出ていきたいものです。(SMP)
 
札幌マリア院聖堂
 
3人の博士たちも馬小屋に到着しました。
 
 
 






2018年12月30日日曜日

行く年来る年


聖家族の祝日にこの絵を見つけて、感動しました。スペインのジョアン・リモーナが描いた絵です。下には「Mater Amabilis ora pro nobis」「優しい御母私たちのために祈って下さい。」と書いてあります。
何とマリア様の優しさ、親しみ、内面性でしょう。

聖マザーテレサのお祈りを思い出しました。
  
イエスの母であるマリアよ、
あなたの心を私に下さい。
あなたの心は美しく、
清く、けがれなく、
愛と謙遜に満ちています。
私もいのちのパンの中におられるイエスを、
受け取ることができますように。
あなたが愛したようにイエスを
愛することができますように。
貧しいなかでも最も貧しい人々の
こころ痛む姿の中におられるイエスに、
仕えることができますように。 アーメン。

2018年にいただいたお恵みを感謝し、2019年のためにまた新たに祝福を願っています。
SMT




2018年12月2日日曜日

11月23日(金)~24日(土)に行われた黙想会について


1123()24()に行われた黙想会について.

 

マザー・テレサの言葉「神はあなたの人生に 関わりたくお思いです。 奇跡を願ってみましょう」がテーマでした。

手稲教会主任司祭ハン・ジョンス神父様による1日目の講話をゆっくり振り返ってみたいと思います

 

人生の中で、一番飢え渇いているときに、イエスはわたしの心の扉をノックし訪れてくださる!

 

  心が空っぽに感じるとき、

心に埋めようがない穴があいてしまったとき

心に渇きを感じ満たされない心を抱えてしまったとき

砂漠のように渇きを感じているわたしに イエスは声をかけられる

 

「水を飲ませてください」

 

乾いているのはわたし、そのわたしの所にいらして水を求められるの?

イエスは続けて語られます

 

「もし、あなたが、神の賜物を知り、『水を飲ませてください』といった人が、だれであるかを知っているなら、あなたのほうから願い出たことであろう。そして、その人は、あなたに生ける水を与えたであろう」

 

生ける水・・・? この井戸の水のことではないの・・・?

 

「この水を飲む人は皆、また渇く。しかし、わたしが与える水を飲む人は、永遠に渇くことがない。

わたしが与える水は、その人の中で湧き出て、永遠のいのちにいたる水の泉となるであろう」

 

それはわたしが求めていたもの? わたしを満たすことのできるものはそれ!

「主よ、渇くことのないように、また、ここまで水を汲みに来なくてもいいように、その水をください」

ヨハネによる福音41節~42節 (新約聖書 フランシスコ会聖書研究所訳注)より抜粋

 

イエス・キリストと言葉をかわしたその女性は、町の人々と距離を置いて生活していたようです。  しかし、自分が神から捜し求められている者、つまり神から愛されている!と悟ったとき、その心にあふれる喜びを黙っていることはできず、町の人々にわだかまりがあったにもかかわらず、伝えに行ったのでした。

 

イエスと出会ったその人は、あふれる喜びに満たされました。そして、自然と湧き出て流れ続ける泉のように物惜しみすることなく、奉仕したくなったのです。

 

この女性の孤独感から、あふれる喜びへの心の変化を あなたはどう感じますか? 
                                        文責SMG  

2018年11月1日木曜日

長崎巡礼


10月下旬、長崎巡礼に行く機会をいただきました。以前から特別な印象を持っていた長崎の教会や原爆資料館などを訪れました。
街を走る路面電車や坂道を上った丘から眺めた風景を思い出しながら、見聞きしてきたことをたどっています。
キリスト教の広まりとキリシタンの迫害そして再発見、さらには原爆の投下がいずれも長崎で起きたことは決して偶然ではないように思います。長崎の街が、人々の平和を願う心と捧げられる祈りに覆われているように感じました。
そうしたなか、思い浮かんだのは「平和をもたらす人は幸いである。その人は神の子と呼ばれるであろう」(マタイ5章9節)というみ言葉でした。
永井隆博士が晩年を過ごされた如己堂において、心を合わせて唱えたアシジの聖フランシスコの「平和を求める祈り」を大切にしていきたいと思います。
                         
わたしをあなたの平和の道具としてお使いください
憎しみのあるところに愛を
いさかいのあるところにゆるしを
分裂のあるところに一致を 疑惑のあるところに信仰を
誤っているところに真理を 絶望のあるところに希望を
闇に光を 悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください
慰められるよりは慰めることを
理解されるよりは理解することを
愛されるよりは愛することを わたしが求めますように
わたしたちは 与えるから受け ゆるすからゆるされ
自分を捨てて死に 永遠のいのちをいただくのですから
Sr.M.V


2018年10月21日日曜日

聖フランシスコの祝日

 

10月は、4日が聖フランシスコの祝日であるため、自然とフランシスコのことを思い出します。彼は中世に実存した人物で(1118?~1226)、わずか40歳そこそこで亡くなりますが、現代にも及ぶ大きな足跡を残りました。
その半生を描いた作品が「ブラザーサン・シスタームーン」という映画(1972年公開)です。14歳で初めてこの作品を見た時、内容がさっぱりわかりませんでした。ただ。クレアが髪を切るシーンだけが印象に残りました。滝の音と共に…。
謎に包まれたまま終わってしまった映画で、題名も覚えていませんでした。ただもう一度見たいと思うだけで。
皆様もまだ見ていないという方は、ぜひご覧になってくださいね。
                                 Sr.M.B.


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2018年10月9日火曜日

黙想会のお知らせ


黙想会のお知らせ

神はあなたの人生に 
関わりたくお思いです。
奇跡を願ってみましょう。

日 時
1123日(金) 2時受付
1124日(土) 3時まで
場 所
花川マリア院
石狩市花川南35丁目25
電話 0133738562
講 話
ハン・ジョンス神父様
対  象
30歳~50歳までのカトリック女性独身信徒
費 用
3.000
持ち物
洗面用具・筆記用具
申込み
1113日(火)まで
詳 細
石狩市花川35丁目25
マリア院 Sr.マリア・チェリナ
電話 0133738562
E-mail : maria-in@live.jp