2026年10月15日木曜日

神様は、背負えない十字架を負わせることはありません


 「神様は、背負えない十字架を負わせることはありません。背負う力があるから背負わせるのです」。
 私は修練期にこの言葉を初めて修練長から聞いて、その後ずっと私に伴ってきた励ましの言葉です。

 その言葉の原典はわかりませんが、聖パウロはコリントの信徒への手紙に次のように書いています。「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたを絶えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」(一コリント10・13)

 今月私たちは聖フランシスコのご死去800周年記念を祝いました。聖フランシスコはラヴェルナ山で次のように祈りました。
「主イエス・キリスト、私の二つの願いを死ぬ前に聞き入れて下さい。まず、柔和であるイエスよ、あなたが耐えられたご受難の苦しみを私に味わわせて下さい。魂も体も出来るだけ深く実感することができますように。そして、神のひとり子であるイエスよ、罪人である私たちのために苦しみを受け入れるあなたの限りない愛を味わわせて下さい。出来るだけ深く実感することが出来ますように」
 聖フランシスコにとっては、愛と苦しみが結ばれていたのです。


 本修道会の創立者ムッター・マリア・アンゼルマは、聖フランシスコのように十字架に刺し貫かれたイエス様を仰ぎ見ました。彼女は御子の開かれた聖心を仰ぎ見、その尊い傷を通して神様の限りない愛を悟りました。

 マザー・テレサの言葉も思い出します。
「飽くことなく与え続けてください。残り物ではいけません。痛みを感じるまでに、自分が傷つく程に与え尽くしてください」

 痛みを感じるまでに、自分が傷つく程に与え尽くすこと、これはイエス様、また聖フランシスコ、ムッター・マリア・アンゼルマ、マザー・テレサ、そして他の大勢の聖人たちの生き方でした。私たちもその愛と十字架の神秘に与っています。

 サレジオの聖フランシスコは次のように書きました。

「あなたの十字架

神は永遠からこの尊い十字架を賜物としてあなたに与えようとお思いになった。

父なる神はこの十字架をあなたに与える前に、愛の眼差しで御覧になった。

神はその英知をもって深く考え、正義の計りでお試しになった。

父としての深い愛から、

一ミリも大きすぎず、一ミリグラムも重すぎないように両手でお計りになった。

更に、神はそれを祝福し、お恵みと慰めで満たされた。

神は再びあなたとあなたの勇気を御覧になってから、天国から、愛の印としてあなたにこの十字架を贈って下さった」


 それぞれ神様からいただいた十字架を背負い、愛と喜びのうちに日々主に従いましょう。

SMT

 

2026年8月22日土曜日

希望を与えてくださる聖母マリア

 


最近のニュースでは、さまざまな場所での苦難が報じられています。大きな地震、異常気象の問題、そして戦争などです。こうしたニュースに触れると、気が滅入りやすくなります。しかし、8月には、希望を与えてくれる大切なお祝いの日もあります。聖母マリアの被昇天の祭日と天の元后聖母マリアの記念日は、神様が私たちを見守ってくださっていることを思い出させてくれます。

イエスは、私たちのために取り次ぎ、助けてくださるよう、御母を私たちに与えてくださいました。イエスは、聖母をその肉体と魂とともに天に迎え入れ、天と地の女王として冠を授けられました。イエスは死と悪に打ち勝ち、万物を統べ治めておられます。その御母である聖母は、女王として人類を助け、支えてくださいます。神様は、あらゆる苦難や悲劇から善を引き出してくださいます。

私たちは、ロザリオを唱えるとき、聖母の祈りと私たちの祈りを一つにします。ニュースがますます気の滅入るものとなるほど、ロザリオの祈りから得られる恵みがますます必要となります。神様の恵みは、どのような障害や苦難よりも偉大です。聖母の祈りと私たちの祈りを一つにして、今日苦しんでいるすべての人々のために祈りましょう。

 SMH



2026年7月1日水曜日

2026年特別聖年「聖フランシスコ年」

  昨年2025年は25年ごとの通常聖年(2025年3月号参照)でした。今年2026年は他の意向で制定される特別聖年です。教皇庁内赦院は2026年1月16日、教皇レオ十四世によるフランシスコ会家族総長への手紙-アッシジの聖フランシスコ没後800年にあたって-(1月7日付)を受けて、教皇レオ十四世が2026年1月10日から2027年1月10日まで、聖フランシスコ没後800年を記念する「聖フランシスコ年」とすることを発表し、同期間に全免償(免償:罪科としてはすでに赦免された罪に対する有限の罰の神の前におけるゆるしのこと)を与える教令を公布しました。この教令の目的は、2025年の通常聖年に引き続き、混乱する現代社会において、フランシスコの「平和・謙遜・愛」の精神を模範にすることです。


全免償を受けるためには

 基本条件:罪を悔い改め、告白(秘跡としての告解・赦しの秘跡)、聖体拝領、教皇の意向に沿った祈り。

 具体的な行動:フランシスコ会ゆかりの教会や施設を訪れる、黙想や祈り(主の祈りや使徒信条など)。札幌教区においては、北11条教会(札幌)、神居教会(旭川)、北見教会(北    見)、聖アントニオ修道院(釧路)(何れもカトリック)が巡礼指定施設とされている。

 対象:すべての人

 特別な配慮:高齢者や病者で、外出できない場合も、霊的に参加し苦しみを神に捧げることで免償を得られる。また、代祷(だいとう)として、亡くなった人々(煉獄の霊魂)のために捧げることも可能。


 近年、アッシジの聖者の人物と業績を記念する他のいくつかの重要な行事が行われてきました。

 ・ グレッチオでの最初の馬小屋の創作(1223年)

 ・ 新たなカルワリオ(ゴルゴタ)としてラ・ヴェルナ山で死の2年前(1224年)に受けた聖痕

 ・ 被造物の聖なる美を讃える賛歌「太陽(被造物)の賛歌」の作成(1225年)


 2026年はこれまでの記念行事の頂点と集大成です。


 聖フランシスコ年の始まりの2026年1月10日、フランシスカン家族は、1226年10月3日に聖人が帰天した場所(現在のトランジット礼拝堂)であるポルチゥンクラのサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ大聖堂において、アッシジの聖フランシスコ帰天800周年記念式典を開催しました。

 この機会に、ポルチゥンクラ美術館に所蔵されている、アッシジの聖フランシスコを描いた最古の絵画(二体の天使に囲まれた聖フランシスコ、1255年頃)が大聖堂内に展示されました。これは、聖フランシスコの巨匠(13世紀ウンブリア地方で活動)による作品です。

« Hic michi viventi lectus fuit et morienti » 「ここが私の床(安らぎの場)であった、生ける時も死においても」


聖フランシスコの両手に抱かれた書物に記されたこの言葉は、キリストの十字架に対する彼の深い体験を物語っており、はっきりと見える聖痕が、キリストとの完全かつ決定的な従順を表しています。これは、聖人が生涯のうちに幾度も使用し、またその「至福の死」の瞬間に用いた寝台、フランシスコの死後すぐに遺体を収容、安置し、保護するために使われた板に描かれており、肖像的価値だけでなく、聖遺物や証拠としての価値も深く備えています。

 また、2月22日から3月22日まではアッシジにある聖フランシスコ大聖堂において約800年ぶりに聖フランシスコのご遺骨が公開され、約35万人が聖遺物を崇敬しました(1978年に1日だけ少人数に公開されたことがある)。

 さらに、8月3日から6日にかけてアッシジで開催される「GO! Franciscan Youth Meeting」には、教皇レオ14世が出席することがすでに発表されており、ヨーロッパ各国の18歳から33歳までの若者たちが、交流、学び、祈り、祝祭を通して聖フランシスコのメッセージを再発見することを目的とした国際的な集まりが計画されています。


「わたしたちの兄弟である聖フランシスコ。あなたは800年前に
 平和の人として、姉妹である死に会いに行きました。
 主のみ前でわたしたちのために執り成してください。
 あなたはサン・ダミアーノの十字架のキリストのうちに
 まことの平和を見いだしました。
 十字架のキリストのうちに、
 すべての壁を打ち壊す、和解の源泉を求めることを教えてください。
 あなたは武器をもたずに、戦争と無理解の境界を通りました。
 世が国境を築くところに橋を架ける勇気をわたしたちに与えてください。
 紛争と分裂に苦しむこの時代に
 平和を実現する者となることができるように執り成してください。
 わたしたちが キリストからもたらされる、武器のない、武器を取り除く平和の証人となれますように。
 アーメン。」
                (教皇レオ十四世 フランシスコ会家族総長への手紙より)

参照
Apertura del VIII Centenario del Tránsito de San Francisco (1226-2026)
Centenari Francescani:2 de enero, OFMConv:9 de enero de 2026
Asís: inician celebraciones por los 800 años del tránsito de san Francisco
Vatican News:10 de enero 2026
Un cuerpo devuelto a nuestra mirada. La ostensión de san Francisco entre memoria custodiada y fe viva Centenari Francescani:25 de febrero, OFMConv:23 de febrero de 2026
「教皇レオ十四世 フランシスコ会家族総長への手紙―アッシジの聖フランシスコ没後800年にあたって」カトリック中央協議会HP:2026.1.20
「『聖フランシスコ年(特別聖年)』について」宗教法人 カトリック札幌司教区 2026年2月2日付

(SMS)


2026年6月12日金曜日

6月のイエスのつぶやき 

 


` ❤イエスのみ心から私の心にほとばしり出た燃える望みの強さは、言葉では表現できません。

イエスは愛に渇いておられます。私は彼の愛に愛を返す多くの心、祈りと償いと聖なる生贄の苦しみに自分たちの苦しみを一致させる多くの心を願い求めます。(マザーキャスリン・アウレリ)

💛キリストの渇きは神の神秘への入り口である。(教皇ベネディクト16世)

❤私たちの【目的】は神の無限の渇きを癒すことです。(マザーテレサ)

💛青年と若い女性が相互に惹かれて愛し合うとき、それが「私は渇く」愛です。それを体験しなければなりません。同じことです。その確信に達します。・・・イエスの愛は渇きです。・・・・愛と渇きは同じ言葉です。イエスが彼の渇きを私たちに啓示してくださったことは、何と幸せなことでしょう。(マザーテレサ)

❤神の愛の存在を人びとに伝え、証するためにこの心は、底が尽きるまで人々を愛し続けてきました。ところが、そのお返しに私が多くの人から受け取ったのは、忘恩だけです。蔑み、不敬、冒涜、無関心という報いばかりなのです。(マルグリット・マリー・アラコックに話されたイエスの言葉)

         では、わたくしたちはどういたしましょうか。                   SMB

 

2026年5月1日金曜日

お母さんのマリアさま

  私は二十歳のころにプロテスタント教会で洗礼を受け、二十五歳でローマ・カトリックに改宗しました。そのため、聖母マリアに対してはなじみが薄いだけではなく、聖母を崇敬することに抵抗すら感じていました。

しかしカトリック信徒として2年過ごし、修道会に入ってからは毎週日曜日にシスターたち全員でロザリオを祈るようになったりと、マリア崇敬の機会にふれることが多くなり、マリアさまは少しずつ私のなかで「お母さん」になっていきました。

マリアさまがうんと近い存在になったのは、2013年にドイツのヘーデ(Heede)を訪れたときです。ニーダーザクセン州にあるその村の墓地で、1937年から1940年までマリアさまが四人の少女たちの前に100回以上ご出現になりました。そのうちの一人、グレーテ・ガンゼフォート(Grete Ganseforth)はのちに聖痕(キリストが両手両足に釘を打たれたのと同じ傷が体に現れること)を受け、寝たきりになってしまった彼女のお世話をしたのが私たちの修道会のシスター・ダミアニスでした。マリアさまが現れた場所はGebetsstätte(「祈りの場所」の意)として美しく整備され、ドイツ国内外から巡礼者がひきもきらず訪れて、たえずロウソクがささげられているのを見て、私は心の底から感動しました。

ドイツ・ヘーデの宇宙の元后聖マリア

グレーテ・ガンゼフォートとシスター・ダミアニス

マリアさまが決定的に私の「お母さん」になったのは、2019年に仕事でオーストラリアに行ったときでした。滞在は順調でしたが、帰りがかなり大変でした。荒天のためアデレードからシドニーまでの便が45分ほど遅れ、シドニー空港では大慌てで日本への乗り継ぎ便に向かわなければなりませんでした。あせっていたせいか、パスポートを提示する段になって、そのパスポートがないことに気づいたのです! 必死にリュックサックをかき回しましたが、見つかりません。パニックになりそうなのを必死にこらえ、私は心を集中して、聖パードレ・ピオの取次ぎを願いながらアヴェ・マリアの祈りをゆっくり唱えました。するとそのとき、背後から日本人の若い女性が近づいてきて、「これ、落としませんでしたか?」と声をかけられました。彼女が差し出したのは私のパスポートでした。どうやら私は歩きながらポーチを取り出して、中に入っていたパスポートをうっかり落としてしまったようでした。外国からの旅行者が行きかう国際空港で同じ国の人が私のパスポートを拾ってくれ、しかもしれを私本人に返してくれたというできごとは、今でも奇跡のように思います。

「お母さん」マリアさまに助けていただいたもう一つのできごとは、これまた外国においてでした。2024年に私は仕事でアイルランドに行きましたが、滞在先の修道院に到着した晩、スーツケースが開かなくなったのです。ダイヤル式のスーツケースで、日本で何度か練習してきたのに、その番号の配列で開かないのです。アイルランドの次はスコットランドにも行くのに、2週間私は着の身着のまま過ごさなければならないのかしら? 近くに錠前屋がないかどうかスマホで調べましたが、そんなことをしていたら本来の仕事ができず、一緒に来ている同僚にも迷惑をかけてしまう!

またまた私は、心をなんとか静めてひざまずき、全集中力を傾けてアヴェ・マリアの祈りをゆっくりと唱えました。唱え終わるころには、「もう大丈夫、神様が何とかしてくださるだろう」という確信が心のなかで芽生えていました。シャワーを浴び、濡れた髪もそのままでもう一度ダイヤルを合わせてみると、私がセットしたダイヤルから2つほど番号がずれたところでカチリ、と音がしてスーツケースが開いたのです!

アイルランド・サーレスのご奉献の聖母修道会の修道院

たくさんの子供がいるなかで、一人だけお母さんになつかない子供に対しても、マリアさまはいつも見守り、困ったときには神様に助けを願ってくださいました。「見なさい。あなたの母です」とイエスさまは十字架の上から弟子のヨハネにマリアさまのことを指しておっしゃいました。五月はカトリック教会で聖母月です。ロザリオをバラの冠に見立てて、愛するお母さんにたくさんのバラをプレゼントしようと思います。(SMP)





2026年4月18日土曜日

パンくず――ありあまるお恵み

  今年のイースター(イエス・キリストが復活した日曜日。「ご復活の主日」ともいう)は4月5日でした。 

 ご復活の主日は、春分の日のあとの最初の満月の次の日曜日と決められているので、毎年日にちが変わります。去年のイースターは今年よりもずっと遅く、4月20日で、一昨年は3月31日でした。

 主イエス・キリストは、復活される三日前、最後の晩餐でパンとぶどう酒を用いてご聖体を制定されました。


 聖書には、イエスがパンを用いて奇跡をおこなわれた話があります。いくつかのパンで大勢の人を満腹させたという有名な奇跡のお話です。これによると、イエスさまは五千人以上の群衆に、パン五つと魚二匹を分け与え、すべての人が食べて満腹しました。そして残ったパンのくずを集めると、12のかごがいっぱいになりました(マタイ14.13-21)。また別の箇所には、四千人以上の群衆に、七つのパンと魚をお与えになり皆食べて満腹した。残ったパンのくずを集めると、七つのかごがいっぱいになった(マタイ15.32-39)とあります。

 今まで疑問に思ったことがなかったのですが、このかごいっぱいのパンくずは、その後どうなったのでしょうか? イエス様が祝福なさったパンです。むだになるはずはありません。

 キリスト教のカトリック信者は、教会のミサの典礼のなかで、小麦から作られたパンの形態のご聖体を拝領します。イエス様からいただく尊いお恵みは、私の小さな心の器に入りきれるものではありません。ありあまってあふれ出してしまいます。かごに集められたパンくずのように。そしてパンを増やす奇跡の話のように、私の小さな心に入った分よりあふれ出たパンくずのほうが多いのかもしれません。

 シリア・フェニキアの婦人は、イエスさまに自分の娘を助けてほしいと願ったとき、「子犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです」と言って、娘の病気は癒されました(マタイ15.21-27)。だから安心して私たちは神様に願ってもいいのです。かごに入ったパンくずが奇跡を起こすと信じて。悲しむ人や苦しむ人、孤独を感じている人に寄り添ったり、そばにいられないときは、短い手紙やメールを送ったり、その人のために祈る――パンくずのようなこうした小さな祈りを通して、神様は必ず奇跡を起こしてくださいます。ましてみんながひとつになって祈り願うとき、神様はどんなに大きなことでも聞き入れてくださるはずです。(SMG)

2026年3月22日日曜日

「聖ヨゼフの月に」

 



2012年、聖ヨゼフの祭日を前に、私は日々異なる聖ヨゼフの絵と聖人の言葉を用意し、ノヴェナの祈りとして聖堂前に掲示していました。そのさなか、ノヴェナ最終日の3月18日に祖母が帰天しました。

 

この年の冬に入院中の祖母を見舞った際、インフルエンザが流行しているとの理由で面会が叶いませんでした。会憲に関する指針にある、「償いの季節(四旬節、待降節)には、できれば訪問を控えるようにしましょう。」との文言が念頭にあり、ご復活を迎えたら再び見舞いに行こうと考えていたところでした。祖母は20年にわたって入院し、無力な状態にあったのだから、最後に会う機会がいつになっていたかはわからないとは言え、やはり心残りがありました。それでも、祖母が聖ヨゼフに伴われて帰天したと思い起こされたことは慰めとなりました。

 

神のみ旨に忠実であった聖ヨゼフは、絶えず神と一致し、神に耳を傾けていたのだと思います。ナザレでの生活は、おそらく単調なものであったでしょう。隠れた働きを日々献げていた聖ヨゼフこそが救いの計画への偉大な協力者であったことに、神様のなさり方を感じます。

アヴィラの聖テレジアは「神様からお恵みをいただきたいならば、必ず聖ヨゼフのお取り次ぎを願いなさい」と言葉を残しています。自然と耳に入る音、さまざまな出来事や自分の思いによって落ち着きを保つことが難しいと感じている今、聖ヨゼフの助けによって心の静けさが与えられますように。                 SMV