2026年2月2日月曜日

奉献生活への呼びかけ

 ローマ・カトリック教会では、ブラザーやシスターとして生きることを奉献生活といいます。
 私が奉献生活への呼びかけを最初に感じたのは、大学生のころでした。当時私は藤女子大学というカトリック大学に通っており、そこにまだ何人かいらしたシスター方の姿を見て、自分もまた神様に仕える生活をしたいと思ったのがきっかけでした。
 とはいえ、大学に入学してまもなく北海道大学のクラーク聖書研究会に通うようになり、大学2年生のころに洗礼を受けたのはプロテスタント教会においてでした。その教会には5年間通いましたが、自分のなかで、「日本だけでも200以上のプロテスタントの教団教派があり、どれがいったい正しいのだろう」という疑問が日増しに大きくなっていきました。それならいっそのこと、「宗教改革」によって教会が分かれてしまう前の「原点」に戻ろうと考えて、カトリック教会への転会を考え始めました。
 シスターになりたいという望みを最初に抱いたのは大学4年生のころで、当時私はまだプロテスタント教会に通っていました。大学の研究室で週に一度、「聖書を読む会」を開いていたシスター・コロナ奥山わか子先生にその望みを打ち明けたところ、「では、あなたはまずカトリックに改宗しなければいけませんね」とニコニコしながらもっともなことをおっしゃいました。

 そこで、高校生のころ政治経済を教わった先生が、バリバリのマルクス主義者からカトリックに「転向」した人であることを思い出し、その先生に手紙を書いて、北十一条教会のミサに連れて行ってもらうことになりました。しかし初めて足を踏み入れたカトリック教会は、私が通っていたプロテスタント教会とはまったく違っていました。「ミサでロウソクを使うの? ご灯明?!」「聖母マリアや聖ヨセフの像がある。これは偶像崇拝だ!」などなど、カトリックに惹かれる一方で反発もまたありました。しかし若林神父様から一対一で入門講座をしていただき、最初に反発を感じたことも年月とともに解決していき、「ふうん、マリア・マグダレナという洗礼名がほしいのですか? 彼女は美人だったそうですが、いいんですか?」と言われながら、その聖人から洗礼名をいただいて、人生で二度目の洗礼を受けることになりました。

 ちょうど大聖年にあたった2000年の復活徹夜祭での洗礼式には、先のシスター・コロナと、英文科でお世話になったシスター・マルグリット永田淑子先生が来てくださいました。ミサのあと、私がお二人のあいだに立って記念写真を撮っているのを見て、「あなたも将来シスターになるかもしれませんね」とある男性が言いました。はたして彼の「予言」はその二年後に実現することになります。

 こうして一歩、また一歩と奉献生活に近づいていきましたが、もちろん迷いもたくさんありました。結婚を考えたこともあるし、制約の多い生活への恐れもありました。しかしこの世のすべては過ぎ去っていきます。熱心にライブに通ったロックバンドにも飽き、その次に夢中になったK-1(キックボクシング)もビデオで試合を見つくして、あとに残ったのはむなしさだけでした。

 ふしぎな体験をしたのはそのころです。ある日の午後、いつものように飼い犬の散歩をしていて、目の前には山、眼下には高速道路が見えるところにさしかかりました。そのときふと、すべての風景が遠ざかっていき、「いま」「ここに」存在している「自分」の輪郭をくっきりと感じたのです。あの感覚はとうてい言葉で説明できるものではなく、「自分の実存を感覚的に感じた」などと、言葉を重ねれば重なるほどそらぞらしくなっていきます。

「取って読め 取って読め」 (Tolle lege, tolle lege) と子供たちが歌うのを聞いて、聖アウグスティヌスは聖書を手に取って読み、回心しました。
 私はヨイチという変な名前の犬を散歩しているとき、日常生活のただ中に大きな亀裂が入り、目の前に存在の根源が立ち現れてくるような体験をして、すべての迷いが吹っ切れました。
 翌日私は今の修道会に電話をかけて、管区長と召命担当者に面会する約束を取りつけました。

 2月2日はおさなごキリストが神殿に奉献されたことを記念する祝日です。
 この日はまた、世界奉献生活者の日でもあります。
「奉献生活者」というと、なんだか生まれたときから清らかな生活を送ってきた人たちの集まりと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ロック音楽やキックボクシングを通して人生のむなしさを知った人もいるのです。(SMP)

2002年志願期のころ(左端が私)



2013年11月23日 終生誓願宣立
左から二番目が私の修練長だったシスター・マリア・テレジタ



2011年の復活の主日に母が手稲カトリック教会で受洗
洗礼名 ハンガリーの聖エリザベト

2026年1月8日木曜日

2026年

 


新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

1月6日にローマにおいて主の公現の祭日に昨年から開かれた聖年が教皇レオⅩⅣ世により閉幕になりました。

 

この一年以上私たちは「聖年の祈り」を唱えてきました。「…聖年の恵みが、わたしたち希望の巡礼者のうちに、天の富への憧れをよみがえらせ、全世界に贖い主の喜びと平和を注いでくださいますように…」

 

「降誕節の祈り」がこれから私たちの新年の感謝、希望、願いを導いてくださるようにともに祈ってまいりましょう。

「神は主イエス・キリストを通してその栄光を世にあらわし、わたしたちに語りかけて、み国の実現を約束してくださった。私たちはこれに答えて信仰の生活に入り、教会に加わったのである。

神よ、わたしたちの信仰と希望と愛をたえまなく強めてください。主の公現を記念するわたしたちはさらに深くあなたのいつくしみを信じ、信頼とよろこびと賛美のうちに、あなたの国の証し人となっていくことができますように。主キリストによって。アーメン。」(祈りの友より)

 

皆様にとって良い年でありますように!     SMC

 


2025年12月31日水曜日

よいお年をお迎えください!

 

闇の中を歩む民は、大いなる光を見

死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた

イザヤ書 9章1

写真:Marco Milanesi
                 この一年を神様に感謝します。
                              新しい年が祝福されますように。
                                                                                                                            SMH

2025年11月2日日曜日

11月は死者の月

 カトリックでは11月は死者の月、亡くなった方々のためにお祈りします。教会の典礼歴で11月2日は「死者の日」とし、亡くなった全てのキリスト者を記念します。キリスト者の間では2世紀頃から死者のための祈りを唱える習慣が生まれ、次第にミサが伴うようになりました。
 キリスト教においては、「死」というものが神のみもとに帰り、永遠のいのちにあずかるということですから、亡くなった人の魂が永遠に安らかに憩うように祈りをささげることをかねてから教えてきました。
 わたしたちは生者と死者との連帯関係にあります。故人が天国に入るためにその霊魂があらゆる罪の汚れから清められ、神のみもとで永遠の幸福にあずかることができるように祈ることによって死者を助けるだけでなく、死者がわたしたちのために執り成しをしてくださることを信じるがゆえに、教会はキリスト教の初期時代から、死者の記念を深い敬愛の心をもって尊び、死者のための祈願をもささげてきました。
 死は「終わり」ではなく、天国での新しい命を得る時です。 そして、そういった天国にいる方に思いをはせると同時に、今地上に生きている私たちが、自分の命について考えることも大切です。死は新たな人生の始まりであり、目的である天国への旅立ちであることを信じているからこそ、わたしたちは、人の死を素直に見つめ、悲しみの中にも安らぎを覚えるのです。
 キリストは『わたしは復活であり、いのちである。わたしを信じる者はたとえ死んでも生きる』と教えられました。別離の悲しみのうちにもわたしたちは、このキリストのことばに慰めと希望を見いだします。
(カトリック儀式書「葬儀」・カトリック教会のカテキズム,953, 958:カトリック中央協議会;2002)

 では、次にメキシコ編「死者の日」ついてご紹介します。
 日本からの観光ツアーも企画され、世界的にも注目されているメキシコの伝統的な文化・風習です。メキシコは国民の約7割がカトリックです。(外務省メキシコ合衆国基礎データ 2020年 INEGI:国立統計地理情報院より)
 この日は、先祖や故人の魂が戻ってくると考えられ、一年に一度先祖に会える日として盛大に祝われます。明るく楽しい話と雰囲気で喜んで死者を迎え入れ、そして家族の絆を深め感謝することが目的です。国の祝日の為、学校や職場もほとんどの人が休みになります。2008年に「死者に捧げる先住民族の祭礼」としてユネスコ無形文化遺産に登録され、2017年には「リメンバー・ミー」というピクサー映画にもなりました。
 シャレコウベの砂糖菓子。「死者の日」が近づくと、メキシコ全土の露店で売り出されます。額に貼ったテープに名前を入れ、親しい人の間で贈り合うことも。日本では気味が悪いイメージですが、メキシコの骸骨は極彩色に彩られ、華やかで楽しげ。メキシコでは死んでも楽しい世界が待っていると考えるから、みんな笑っているのです。
 そして街はオレンジ色に彩られます。それは中米を原産地の一つとするマリーゴールドの花が街中にあふれるため。無数の花びらには太陽の色と熱を込めていると信じられ、「死者を導く役割」があり、祭壇からお墓までの道に花弁をまいて、道に迷わないように魂を安住の場所へ導きます。
 広場やショッピングモール、レストランやお店にも趣向を凝らした祭壇が、そして家庭でも大なり小なり祭壇をこしらえ、その前には山のような供え物が置かれます。「お供えという行為は、祖先を思い出すだけでなく、家族の過去、文化、伝統とつながることでもある」(メキシコ史研究者アルフォンソ・ガルドゥーニョ)
 現世へ戻ってきた死者が長旅による喉の渇きをいやすための水。死者の魂の行き帰りの道を照らすための光、信仰と希望を意味するろうそくの灯。故人の思い出の写真、生前好きだった食べ物や飲み物など、子どもの場合はおもちゃも供え、戻ってきた魂を歓迎します。死者の魂はその匂いを楽しみ、生きる人々と再会できる喜びを共有するとされています。カラフルな切り紙の旗はメキシコの伝統的な飾りで、死者の日を祝う喜びを表します。木の樹脂で作られるお香を焚き、その煙に賛美と祈りをのせて、塩も使い、祭壇の周囲を清め、死者の魂が安全に戻ってこられるよう場を浄化します。
 死者の日の晩餐には故人の席も用意して、亡くなった家族の魂が一緒に食事をします。そこに欠かせないのが「死者のパン」です。
 夜は、日中に掃除して飾り付け、いろいろな花(子どもの魂のために白い花、大人の魂のためにはマリーゴールド、真っ赤なケイトウ⦅これも死者の花⦆、キク類など)で献花された共同墓地に集い、沢山の太いろうそくを灯し、演奏したり歌ったり、料理を食べたり…。夜明けまで亡くなった先祖について静かに語りあう家族、お酒好きだった故人なら、大いに飲んで盛り上がることも。
 メキシコの死者の日は、故人を思い出し、祈ることに加え、先祖の魂が戻ってくるという習慣が、世界の他の国々と異なり、お盆を過ごす日本に似ているとされています。
 生は死によって支えられていること、生死を超えたつながりの中に生があるという現実を忘れないようにしたいものです。

<参考資料>
・メキシコ「死者の日」とお盆 死とともにある生=吉田敦彦 毎日新聞2021/8/20
・材料は骨ではありません メキシコの「ガイコツ」菓子 日経新聞2014/2/9
・在日メキシコ大使館HP
・一般社団法人ラテンアメリカ協会HP
・スペインプレスHP
・メキシコ国家人権委員会(CNDH)HP
・NHKラジオスペイン語講座 他

(SMS)  

2025年10月15日水曜日

心を神に!!

 

みなさん、お元気ですか?

 今日は1015日が記念日の聖テレサ(15151582)についてお伝えします。彼女は20歳でカルメル会ご託身修道院に入会し、のちに改革カルメル会を創立します。が、偉大な聖女であった聖テレサにも、こんなお話があります。これは私たちの心を神様に向かわせるいいお話しだと思います。「奇跡的に病気が治ると、私は訪問客との会話に身を入れ始めました。ある日、大変厳しいお顔のキリストが私の前に現れ、私がしてきたことに対する憤りをお示しになりました。別の時には、大きなヒキガエルのようなものが、すごいスピードでこちらに向かってくるのを見ました。」(自叙伝)

そして彼女は「完徳の道」のなかでこう言います

「主は、私たちが振り返って主を見ることを、この上なく望んでおられ、その為にはどんな手段も取らずにはいらっしゃいません。

あなたがたが心の目をただ一瞬だけ主に投げるのを、誰が邪魔できるでしょうか・・・・・・ところが主は、あなたがたから目をお離しになりません。

数えきれないほどの、主に背いて行った醜いことや忌まわしい罪を我慢してくださり、しかもそういう醜さも、あなたがたを見るのを、主にやめさせるに至らなかったのでした。」




SMB


2025年9月1日月曜日

「好奇心から教会に来ました」

 何年か前から、私は日曜日よく北1条カトリック教会の英語ミサに行っています。ミサの終わりに、初めてその教会に来た人たちが前に出て自己紹介する習慣があります。英語ミサなので、前に出てくる人の多くはカトリック信者の旅行者なのですが、なかには札幌市内またはその近郊在住の人で、「好奇心から教会に来ました」という人たちもいます。
 こうした人がいると、聖堂にいる人たちは「へえ」と軽く驚きます。外国では、たいてい宗教は先祖代々受け継がれてきたもので、単なる「好奇心から」ほかの宗教の礼拝堂を訪れる人はあまりいないからです。たとえばイスラム教徒で「好奇心から」キリスト教会に足を踏み入れる人はあまり多くないし、同じキリスト教でもプロテスタント教徒で「好奇心から」カトリック教会を訪れる人もあまりいません。

 しかし現代日本は実質的には無宗教の人が圧倒的に多いので、「好奇心から」教会を訪れる人はけっこういます。そして「好奇心から」とは言いつつも、実はその一言にもっと深い意味が隠されていることもあります。たとえば、「それまで特に信仰を持たずに生きてきたけれど、本当にこの世には人間を超える<存在>はないのだろうか。また、いろいろな人がいろいろな主張を声高に叫んでいるけれど、時代の風潮や個人の価値観に左右されない<真理>というものはないのだろうか。キリスト教のことは前から気になっていた。今日は勇気をふりしぼって教会に行ってみようと思った」というような動機です。しかし、短い自己紹介の場で長々と自分のことを語ることははばかられるし、そもそも自分の心の深いところで起こった<内的できごと>をことばで言い表すのは難しいものです。そしてまた、こうした魂の深みで起こったできごとは、神様と私とのあいだでひそやかにやりとりされてきたことなので、それを大勢の人々の前でむやみに話していいというものでもないのです。

 今年、フランスのカトリック教会で10,384人の成人の求道者が復活祭に洗礼を受けたことが、さまざまなメディアで取り上げられました。そのうち42%が18~25歳の若年層であったことはさらに大きな驚きを与えました。私も英語のニュース媒体で2,3人のインタビューを読みましたが、ある若い男性は軍隊に属しており、カトリック信者の上官からカトリックの教えについて手ほどきを受けたことが、教会に足を向けるきっかけになったと語っていました。またあるハイティーンの女の子は、両親とも教会にはむしろ敵対的な立場をとっていたが、自分は人生に確たるものがほしくて探求を続けた結果、カトリック教会にたどり着いたと語っていました。
 若い求道者の出現という現象はフランスだけではなくイギリスでも見られ、さらにはここ札幌地区で、数は少ないながらも同じような現象が見られるようになりました。私は3年前からある教会で入門講座を担当していますが、現在5~6人いらっしゃる求道者のうち、2人が20代、2人が30代です。札幌のほかのいくつかの教会でも20代の求道者が何名かいらっしゃり、先日は修道院に興味があるという高校生が引率の女性と一緒に私を訪ねてきました。

「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない」(ヨハネ3.8)。日本のカトリック教会に子供や若い人が少なくなったと嘆かれるようになって久しいですが、聖霊は私たちが思いもよらなかったところに風を吹かせます。かつて日本の教会には、ヨーロッパ諸国から多くの宣教師、宣教女が来ていましたが、今は韓国、インド、アフリカ諸国から多く来てくださるようになりました。またここ数年は、ベトナム人の若い信徒が日本の教会を活気づけてくれています。「好奇心から」教会を訪れる人々が、やがて教会につながれ、キリストと出会い、そして日本の教会を支えていく力となっていきますように。
                                       (SMP)

2025年8月17日日曜日

8月15日 聖母被昇天の祭日に

  815日に、カトリック教会では 聖母被昇天の祭日を祝います。

 6世紀には聖母マリアの死去の日として東方教会で祝われていました。1950年に教皇ピオ12世により、聖母マリアが霊肉ともに天に上げられたことを教義として宣言されました。それ以降、教会ではキリストともっとも深く結ばれていた聖母マリアが真っ先にキリストの復活と栄光にあずかったことを祝っています。

 日本ではまた、8月15日は終戦記念日として平和について考えるきっかけにもなっています。



 私事になりますが、この日に私にとって特別なことが3年連続で起こったので、ここで分かち合いたいと思います。 

 

 最初に、2013815日イタリア・アシジのフランシスコ大聖堂の下部聖堂で、生まれたばかりのイエス様を包んだとされる聖母マリアのベールを見ることができました。このベールは年に2回だけ、815日の聖母被昇天の祭日とクリスマスに公開されるということでした。一緒にアシジを巡礼していたシスターと何度も聖堂にお祈りに行き、ひざまずいてお祈りしました。本当に突然の嬉しいプレゼントをいただいたと思いました。



 次に、翌年の2014815日、私は仕事について悩みがあり、なかなか解決策が見つからないでいました。しかしお祈りしているときに、神様からある資格をとるよう告げられた気がして、そう決心しました。そうすると思いもよらず実現することができたのです。


 3番目の翌年の特別な出来事は、2023年9月のブログに書いたので、よかったらごらんください。

 https://sapporomaria-in.blogspot.com/2023/09/


 さて 今年の815日には、特別なことは何も起こらなかったです。 普段どおり仕事をして普段どおりに過ぎていきました。しかしよく考えてみると、同じ地球上で悲惨な戦争や内戦により、平穏な日常生活を送りたくても送ることができない人がたくさんおられます。普段どおりの平穏な生活がどんなに貴重なものか、私たちは学ばなくてはなりません。 むしろこの平穏で普どおりの生活こそ、神様からいただいた貴重な奇跡かもしれないのです。この貴重な奇跡を恵んでいただいた私たちは、平和の尊さを世界の人々と分かち合わなくてはなりません。


 私たち一人一人の力は小さいものです。しかし世界中の皆が手を携えて平和の尊さを訴えていくことが、何よりも大きな力となるように神様がしてくださると信じています


(SMG)