2023年1月10日火曜日

「みことばは人となり、わたしたちの内に住まわれた」

友人からいただいたクリスマスカードに次のように書かれていました。

 

「沈黙の静けさがすべてを覆い、夜が半ばに達したとき、

全能の言葉が玉座を離れて天から降った。

主にあって、喜びなさい。今日、救い主がお生まれになった。

今日こそ、天から真の平和がこの世に降り立った。」

 

「この時代に真の平和の訪れを想うことは、難しいでしょう。戦争、テロ、自然災害や環境破壊、コロナ、その他の危機はすでに全くありふれた出来事になっています。特に今、ウクライナでの戦争はヨーロッパばかりではなく、世界中をも脅かしています。

だからこそ、信じることが私たちには大切です。神は天からみことばをお遣わしになった、イエスこそ平和の君であると。

 この平和が私たちの家庭にもとどまりますように。神が私たちの家族を祝福してくださいますように。主は、無力で弱く、寄る辺もない幼子のお姿で来られました。それは、私たちの助けを受け取られるためでした。

 私たちの家族に落ち着きが保たれたこと、私たちが互いを受けとめ、共に、そしてお互いのためによく関わり合っていることに感謝しましょう。誰でも、どの家庭も、何らかの悩み苦しみ、困難を抱えています。それでもなお、神が私たちのただ中に平和の王として住まわれることに信頼しましょう。主が世の終わりまで私たちのそばにとどまってくださることに、信頼を置きましょう。

 あなたとご家族の上に、祝福された、平和にあふれ恵みに満ちたクリスマスを、そして新しい2023年に神様の祝福を願い、お祈りしています。」

 


 

 私はこの新年の始まりを小さな聖堂で迎えました。11時半からの聖体礼拝、そして真夜中に行われた神の母聖マリアの祭日のミサにあずかりました。12月31日に逝去された名誉教皇ベネディクト16世のためにも祈りを捧げました。ミサの中で、神父様はおっしゃいました。

「私たちは今、闇に覆われたような時代を生きています。世界は方向性を見失っているかのようです。そうしたなか、何をもって心の渇きが本当に満たされるのかを今一度、確認しましょう。「私たちはどうすればよいのですか」と尋ねた弟子たちのように、「すべてを心に納めて、思い巡らしていた」マリア様のように、謙虚に神に聴き従う姿勢が求められています。私たちもみことばを受け入れ、内なるキリストを世に生み出す母となるよう招かれているのです。」

 聖堂を後にすると、星空と明るい月が目に入りました。神への感謝と平和への願い、そして希望を新たにしたひと時でした。                       SMV

2023年1月2日月曜日

名誉教皇ベネディクト16世ありがとうございました

  


父である神よ、
                         主のぶどう畑の謙遜な働き手、
                         真理の協働者である
                         名誉教皇ベネディクト16世
                         のために真心から感謝します。
                         私たちはこれからも
                         名誉教皇が示して下さった
                         信仰の証しに倣うことが
                         できますように。アーメン。

                               SMT

2022年12月24日土曜日

 

神は貧しい

 みなさま、主のご降誕おめでとうございます。

クリスマス夜半のミサで読まれる福音箇所を聞くと、私はいつも「神は貧しい」というモーリス・ズンデルのことばを思い出します。ズンデルはスイス生まれの司祭で、その著『沈黙を聴く』(1992)のなかに、印象的というよりは衝撃的でさえあるこのことばが出てきます。

 イエスさまは私たち人間を救うために、神の栄光を捨てて私たちと同じ人間となり、貧しい大工の息子としてこの世にお生まれになりました。生まれたのはご自分の住まいではなく、家畜小屋として使われていた洞窟の一角で、しかもベビーベッドではなく、家畜の飼料が入った飼い葉おけの中に寝かされました。

 さらには、救い主の降誕が最初に告げ知らされたのは、王や祭司たちといったこの世の権力者ではなく、貧しい羊飼いたちでした。彼らは羊たちに草を食ませながらほうぼうを行き巡る生活を送っていたため、ユダヤ教の律法を守ることができず、ユダヤ人社会ではアウトサイダー的な存在でした。こうした社会の、いわば底辺に生きる人々に、輝かしい天使が現れて、神の子イエスの誕生が告げられたのです。

 神の子イエスがこんなにも貧しく小さくなって私たちの間にお生まれになったのは、神秘です。一つの理由は、そうすることで私たち人間を怯えさせないようにしたからなのかもしれません。もしもイエスさまがまばゆいばかりの神の栄光を輝かせながら私の目の前に現れたら、私のような罪人(つみびと)は恐れ多くて逃げ出してしまいます!

札幌マリア院の祭壇(2021年降誕祭)

 私たち人間のちっぽけな身の丈に合わせてひざをかがめ、目と目を合わせて語りかけてくださる神の子イエスの優しさは、その後の人生においてもたびたび見られます。私は一か月に一度、教会の入門講座でお話しすることがあるのですが、先日そこで配布したプリントにカラヴァッジョの絵をのせました。この絵は、イエスの十二弟子の一人トマスが復活したイエスと出会う場面です。トマスは他の弟子たちが復活したイエスを見たという言葉をどうしても信じられず、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をその脇腹に入れなければ、私は決して信じない」と、なんだか子供じみたことを言います。そこに復活されたイエスさまご自身が現れて、トマスの言葉どおり、ご自分の脇腹の傷跡にトマスの指を入れさせる場面がこの絵です。よく見ると、なんとイエスさま自らがトマスの手を取って、ご自分の脇腹の傷跡に指を入れさせているではありませんか! 「トマス、おまえはまるで駄々っ子のようなことを言うね。仕方のないやつだ。ではお前の言うとおり、わたしの傷跡に指を入れてごらん」というイエスさまの苦笑が聞こえてきそうです。


 イエスを信じる人たちには、イエスの貧しさに倣って貧しく小さく生きようとする人たちがたくさんいました。皆さんがよくご存知の人物としては、マザー・テレサがインドのスラムで貧しい人々のために働いたことが思い浮かぶでしょう。私のまわりにも、高齢者たちのお世話を明るくほがらかに、忍耐強く続けている人、周囲の人々の必要にいつでもすばやく応えてくれる人、目立たない仕事を黙々と忠実に続けている人などなど、「無名の諸聖人」がたくさんいます。私たちはみなそれぞれのやり方で、「神の貧しさ」を生きることができるのです。

 神の子イエスが人となって貧しさのうちに生まれ、貧しさのうちに生をまっとうされて、そして輝かしい永遠のいのちへと復活なさったことを、この降誕節のあいだ、ともに思いめぐらせてみませんか。(SMP)


修道院のベランダである姉妹が雪に穴を掘り、ろうそくをともしました。



上と同じ写真です。




2022年11月19日土曜日

王であるキリスト

 教会暦年の最後の日曜日は「王であるキリスト」の祭日です。

本修道会のドイツ本部の教会には「王であるキリスト」に捧げられて、「王であるキリスト」

の大きなモザイクがあります。


  「王笏を手に、玉座に座しておられる方が私たちに語りかけておられる。

  わたしは主である。

  わたしは天の栄光のうちに住み、

  神聖な輝きを受けて光を放つ。

 わたしは宇宙に君臨し、

  人類を支配し、教会を統治し、

  修道会を治める。

  わたしは心の王であり、あなたたちの主である。

  わたしは権力ある者をその座から降ろし、

  身分の低い者を高く上げ、

  飢えた人を良い物で満たし、

  富める者の手を空しくしてかえす。

   わたしを求める者は、見出し、

  わたしに扉を開く者は、入ってその中にとどまり、

  わたしにより頼む者は、見捨てられることがない。

 わたしは救い主、

  あなたたちを見つめ、祝福し、

  あなたたちと共にいて、赦し、強め、聖なるものとする。

   わたしはあなたたちを愛する。

  わたしは主であり、救い主である。」     

                                                            (ヨハネ・ブリンクマン神父様)  SMT



2022年10月25日火曜日

「世界宣教の日」

 


10月23日に祝われる「世界宣教の日」のメッセージで、教皇様は「キリスト者は皆、キリストの宣教者、証人となるように召されています。だからキリストの弟子たちの共同体である教会には、キリストを証して世界を福音化する以外の使命はありません」-省略-

 教皇様はメッセージで、キリストを証ししなさいという呼びかけで始まる三つの重要な「弟子たちの生活と宣教の基盤」についてこう考察する。

1.福音を延べ伝え生き方で証しする

「事実、主イエスが弟子たちを二人一組で宣教に送り出したのは偶然ではありません。キリスト者がキリストを証しすることには何よりも共同体的な性格があります。だからこそ宣教を行うには、小さなものであったとしても、共同体の存在が不可欠なのです。」

「キリスト者の生き方の見本とキリストの告知は一体です。一方が他方に役立ちます。宣教者となるため、すべての共同体はこの二つの肺で呼吸しなければなりません。」

 2.世界の福音化

「キリストの教会は、かつても今も、これからも、地理的・社会的・実存的に新たな地平へと、そして【境界線の外】にある場所や人間の境遇へと、キリストとその愛をあらゆる民族、文化、社会的境遇の人すべてに証しするため、常に【出かけていく】のです」

 3.聖霊によって強められ、導かれる

教皇様は「疲れたり、やる気がなかったり、途方に暮れていたりするときにこそ」、祈りを通じて「聖霊によって強められ、導かれる」と教える。

「私は、すべてにおいて宣教者である教会を、そしてキリスト共同体における宣教活動の新たな時代の訪れを夢見続けています…そうです。教会の私たち皆が、洗礼によって既にそうである者、主の預言者、証人、宣教者でありますように。聖霊の力によって、地の果てに至るまで」                             

(カトリック新聞 抜粋) SMC

2022年9月25日日曜日

天使

  初秋の季節になりました。よかった!秋の紅葉と菊がきれいな時期がきました。しかしそ
の間でも、世界はいろいろな問題が起こっています。怖くて心配な時代です。けれども神
様は私たちに毎日たくさん助けて下さいます。例えば人々に大天使と守護の天使を与えて
下さいました。9月29日は聖ミカエル聖ガブリエル聖ラファエル大天使の祝日です。
10月2日は守護の天使の祝日です。全ての天使たちは皆が天国に行くことを望んで
います。彼らは私たちを神様の道に導いて下さいます。神様を信頼しましょう!
これは大天使聖ミカエルへの祈りです:

大天使聖ミカエル、

日々の戦いに私たちを守り、

悪魔の力に勝つようお守りください。

神が彼に命令をお下しになることを

伏してお願いいたします。

ああ、聖なる大天使よ、

霊魂を損なおうとして働いているサタン、

その他の悪魔を、

神の御力によって退けてくださいますように。

アーメン。



SMH