2024年2月8日木曜日

「あなたのために」


http://web101.sv12.net-housting.de/leopoldstal/images/stories/angedacht.jpgドイツ中央のヴゥツブルグという町の大聖堂に、珍しい十字架がかかっています。普通の十字架では、イエスの腕は広げられていますが、この十字架のイエスの両腕は御体の前に置かれているのです。その理由は、次の歴史的な出来事によります。中世に、あるスウェデンの兵士がこの大聖堂に入り、この十字架の冠が気になりました。立派な冠は金や銀の宝石で作られているので、この十字架を盗もうとしました。夕方に再び大聖堂に入り、冠を盗む瞬間に、イエス様は両腕十字架から外して、兵隊を抱きました。彼はびっくりし、逃げることもできませんでした。その後、イエス様の声を聴きました。「あなたのためにも私はあなたのためにも命を捧げました。」一晩そのまま動かないで、イエス様と過ごしました。次の朝、彼は解放され、盗むことをやめて、回心して帰りました。彼はイエス様との出会いによって、神様の固有な慈しみ深い愛を味わって癒されました。

聖フランシスコ・ザビエルが十字架上のキリストの前に次のように唱え、祈りました


主よ、私があなたを愛するのは
あなたが天国を約束されたからではありません。
あなたにそむかないのは
地獄が恐ろしいからではありません。
主よ 私を引きつけるのは
あなたご自身です。
私の心を揺り動かすのは
十字架につけられ
侮辱をお受けになったあなたのお姿です。
あなたの傷ついたお体です。
そうです 主よ。
あなたの愛が私を揺り動かすのです。
ですから たとえ天国がなくても
主よ 私はあなたを愛します。
たとえ地獄がなくても
私はあなたを畏れます。
あなたが何もくださらなくても
私はあなたを愛します。
望みが何もかなわなくても
私の愛は変わることはありません。

        SMT 

2024年1月1日月曜日

2024



皆さま、

新年あけましておめでとうございます。
昨年中は大変お世話になりましてありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

「主よ、この新しい年、一瞬のうちに過ぎ去ってしまう
これらすべての日々を祝福して下さい。
喜びの日々も、苦しみの日々も、あらゆる虚栄と不忍耐から
これらの日々を清めるすべを教えてください。

 

新しい年がことごとく
あなたの豊かさに満たされますように。


 一日いちにちが、あなたから私たちへの贈り物、
一日いちにちが、み国のはじまりです。
 


戦争と暴力のただ中でより兄弟的な世界の建設に励む人々を、
主よ、祝福して下さい。
地上に住むすべての民が
平和のうちに生きることができるよう、
彼らを祝福して下さい。
 


病気、憎悪、不正に苦しむ人々、
虐げられる罪なき人々を、
主よ、祝福して下さい。


この新しい年の間、
天のふるさとであるあなたの家に帰る
すべての人々を祝福して下さい。
 

離別と分裂にさらされながらも、
一致を保っているあなたの教会を
主よ、祝福して下さい。 

私にとって大切な人々、
この新しい年に、
私が出会うすべての人々を
主よ、どうか祝福して下さい。 

私たちがこの新しい年を
一日また一日と生き抜き、
喜びと晴れやかさ
優しさと誠実さのうちに、
一日また一日と
生き続けることができますように。」

          ( JP.デユボア・デユメー 
           2000年を旅する祈りの古刹より) 



2023年12月31日日曜日

 グレッチオの馬小屋の800周年記念  全免償

教皇フランシスコが聖フランシスコのグレッチオの馬小屋の800周年記念に際して、すべての信者たちに次のことを定めました。

「信者の霊的刷新を促し、恵みの生活を増やすために、聖座は、2023年12月8日(聖母マリアの無原罪の御宿りの祭日)から2024年2月2日(主の奉献の祝日)まで、世界中のフランシスカン家族に委託されている教会を訪れるすべての信者に、全免償を与えることにしました。馬小屋の前で祈りの一時として留まることで、信者は通常の条件で免償を受けることができます。同じように、病人や身体的に参加できない人も、苦しみを主にささげたり、敬虔な修行を行ったりすることで、免償の恩恵にあずかることができます。」

こちら札幌マリア院の聖堂で全免償が受けられます。条件としては、赦しの秘跡・ご聖体拝領・教皇様のために「使徒信条、主の祈り、アヴェ・マリアの祈り、栄唱」を唱えることです。     

教会が与えられたお恵みをたっぷり味わい、全免償を頂きましょう!SMT

2023年12月15日金曜日

クリスマスの馬小屋

 この時期、美しいクリスマスの飾りがたくさんあります。それらはクリスマスの意味を思い出させてくれます。最も重要なもののひとつがクリスマスの馬小屋です。最も明確で理解しやすいです。クリスマスはイエスの受肉を祝うものです。

 

誰がこの伝統を始めたかご存知だろうか?アッシジの聖フランシスコで した。実は今年は、最初の降誕シーンから800年目にあたります。 聖フランシスコの生前、共同体に加わったフランシスコ会士チェラーノのトマスは、この行事の歴史を記しています。以下は彼の言葉である:

 

ここで、フランシスコが栄光に輝く帰天の3年前、すなわち1223年、私たちの主イエス・キリストの御降誕の日に、グレッチオという小さな村で行ったお祝いを思い起こし、これを心から記念しなくてはなりません。この村に、ヨハネという人が暮らしていました。その生活ぶりは、よい評判を上回る立派なものでした。聖フランシスコは彼を特別、心にかけていました。ヨハネはこの地方で高い評価や名声を受けていたにもかかわらず、生まれもった高貴さを軽んじ、心の気高さを追い求めていたからです。聖フランシスコは、よくそうしていたように、主の御降誕の2週間ほど前、グレッチオのヨハネを自分の元へ呼んで、こう言いました。もし、私たちがグレッチオで、間近に迫った主の祝日を祝うことをあなたが望むなら、急いで行って、私が言う通りに、心をこめて用意を整えていただきたいのです。私はベトレヘムでお生まれになった幼子を思い起こしたいのです。同時に、そのお方が飼葉桶に 眠っている様子、牛やロバがそばにいて、干し草の上に横たえられ、すでに幼子の時から味わわなければならなかった、たいへんな苦しみをできる限り、この目で間近に見たいのです。善良で誠実なその人は、これを聞くと、急いで出かけて行き、言われた場所に聖なる人が命じた通りのものをすべて 用意しました。喜びの日が近づき、歓呼の時がやって来ました。あちこちの共同体から 、兄弟たちが呼び集められました。近くに住む男女がそれぞれの仕方で、ろうそくや松明を心躍らせて用意しました。きらめく星によって、長い歳月を照らしてきたこの夜を明るく照らすために、彼らはろうそくや松明を用意しました。最後に、神の聖なる人、フランシスコがやって来て、すべてが整えられているのを見ると満足そうにしていました。そこには飼葉桶が用意され、干し草が敷かれ、牛やロバが連れて来られていました。そこでは、単純であることが尊ばれ、貧しさがあがめられ、謙遜がほめたたえられています。グレッチオは新しいベトレヘムになるでしょう。夜は昼のように明るく、人間と動物を照らしていました。人々が押し寄せ、この新たな神秘を前に新鮮な喜びで満たされていました。森が人々の声で鳴り響き、岩がその喜びにこだましました。兄弟たちが歌い、主にふさわしい賛美を捧げると、夜は途切れることなく、喜びの歓声をあげました。神の聖なる人は飼葉桶の前に立つと、敬虔な思いに打ち震え、この上ないあふれるほどの喜びから、深く心を動かされ、溜め息をつきました。飼葉桶を前にして、ミサが捧げられました。司祭はこの時、予期せぬ慰めを味わいました。神の聖なる人は、耳に心地よく響く声で聖福音を歌い上げました。彼の声は力強く、柔らかで、澄んでいてよく通り、聞く人を皆、主への賛美へと誘いました。…その時、ある善良な人がすばらしい幻を見たのです。彼が飼葉桶に横たわる生命のない小さな子どもを見つめていると、神の聖なる人が 近づき、ぐっすりと 眠っている子どもを起こすように見えました。幼子イエスが大勢の人々の心から忘れられていたことを考えるなら、この幻も全く不適当とは言えません。イエスは恵みによって、ご自分の聖なる僕、フランシスコを通して再び蘇られ、その人々に生き生きとした印象を刻んだのです。この夜の祝祭が終わりを迎えると、居合わせた人々は聖なる喜びをたずさえて家路につきました。

 

 この物語は長いですが美しいです。今年のクリスマスは、幼子イエスをゆっくり眺めましょう。喜びと平安に満たされますように。

 SMH

 

2023年11月24日金曜日

「諸聖人の祝日」に,ちなんで

9月に入会した志願者に好きな聖人を3人挙げてもらいました。

 

シスターマリア

1.パドアの聖アントニオ(フランシスコ会)

困ったときすぐに助けてくれる。

ベトナム人の友人が日本で2か月間失業していた時、聖アントニオに祈ったら3日間で仕事を見つけることができた。


2.マザーテレサ

自分自身、看護師なので好きです。


3.聖ヨセフ・クぺルチノ(フランシスコ会)

 

シスターテレジア

1.マルティン・ポレス(ドミニコ会)

病人の為、良く祈った。自分の食べ物が少ないのに他者にも食べさせた。

動物とも話せる。ネズミにも自分の食べ物を分けた。



. レ・ティ・タン・デ(1781~1841)

  ベトナム中部の主婦。キリスト教迫害時代に司祭をかくまったが、密告者によって司祭と共に捕まり、広場に連行される。棄教させる為たくさんの蛇が送られ、かまれて血だらけになった。子供たちには「泣かないで」、「お母さんが十字架を背負えるよう祈ってね」と言い、最後には水も食糧も与えられず餓死した。

1988619日列聖



. 聖モニカ

 

皆さんはどんな聖人が好きですか  





SMB


2023年10月1日日曜日

リジューの聖テレジアと日々の選び

 私たちの人生は、日々の小さな選びからなっています。日本のキリスト教史には多くの殉教者が出てきますが、彼らが神様への愛のために英雄的な殉教を遂げたのもまた、日々の小さな選びの積み重ねがあったからこそなのでしょう。

 10月1日はローマ・カトリック教会でリジューの聖テレジアを記念します。24歳の若さで亡くなったカルメル会の修道女ですが、彼女は13歳のころ、のちに彼女自身が「完全な回心のお恵み」と呼んでいる体験をします。

 深夜のクリスマスミサに家族であずかって帰宅したとき、お父さんは暖炉の中に自分で用意したテレーズ(テレジア)へのプレゼントに目をやって、うっかりこんな言葉を口にしてしまいます。「やれやれ、ありがたいことにこれも今年が最後だ」と。13歳のテレーズはその言葉を偶然聞いてしまいますが、わっと泣きだしたくなる思いをこらえて、かえって嬉しそうに暖炉の前にかけ寄り、靴の中からプレゼントを一つ一つ取り出して大喜びしてみせたのです。

 悲しみに押し流されて、テレーズは大泣きすることもできたでしょう。

 華やかであたたかなクリスマスミサにあずかった家族の喜びを台無しにし、お父さんにばつの悪い思いをさせ、一部始終を見ていた姉のセリーヌにさらに悲しい思いをさせることもできたでしょう。

 しかしテレーズはそうしませんでした。自分の悲しみをおさえ、家族を幸せな気持ちのままにすることのほうを選び取りました。

 このように、キリストへの愛のために自我に死んで神のみむねを選び取った13歳のテレーズは、まさに小さな殉教者だったといえるでしょう。

 私もまたこうした「殉教者」を知っています。その人は私より何十年も先輩のシスターでした。ある日私は何かのことでへそを曲げ、そのシスターに食ってかかりました。彼女もさすがに気分を害し、厳しい言葉を返してきました。しかし翌日、彼女のほうから私のところにやってきて、「昨日はごめんなさいね」とにっこり微笑んで謝ってきたのです。

 それから20年近く経ち、そのシスターも天国の住人になりました。私は今でも彼女のことを、キリストへの愛のために自我に死んだ「殉教者」だと思っています。(SMP)

2023年9月23日土曜日

十字架を背負う人

 
 9月14日は十字架称賛の祝日でした。イエスさまは私たちに、「自分の十字架を背負って従いなさい」と言われました。

 あなたにとって十字架とは何でしょうか。嫌なものや嫌いなもの? あるいはつらいものでしょうか?

 私は十字架を背負う人とすれ違ったことがあります。

 何年も前のある暑いお盆の日、私はお昼の準備のために車で買い物に出かけました。その日はファストフードにしようと、人数分のハンバーガーとシェイクを買って帰る途中でした。そして運転していたときに見たのです、十字架を背負うその人を。その男性は大変やせていて、健康そうには見えませんでした。むしろ病的にやせ細っているほどでした。

 なのにその人は両手にたくさんの食材が入った買い物袋を持って、一生懸命に歩いていたのです。その場所はスーパーマーケットからかなり離れていました。つまり彼は重い荷物を持って、長い距離を歩いていたのです。

 私が引きつけられたのはその人の表情でした。彼は嬉しそうだったのです。生き生きとした目をして、口元はほほえんでさえいるようでした。その人は家に帰ったら、彼にとって大切な人のためにごちそうを作るつもりなのだ、と私はとっさに思いました。大切な人の喜ぶ顔を思い浮かべながら、重い荷物と自分の病気を運んでいるのだ、と。

 そのとき私はキリストを見た思いがしました。十字架を背負って歩まれるイエスさまのようだ、と。

 イエスさまは私たちを愛して、私たちの救いのために重い十字架を背負われました。その苦しみは私たちがイエスさまと一緒に食卓をかこむためだったのです。イエスさまは私たちの顔を思い浮かべながら、十字架を背負って歩かれていたのです。

 大切な人の喜ぶ顔を思い浮かべることができたなら、自分の十字架を背負ってイエスさまに従うことは、喜びに変わるのではないでしょうか。いやなことや嫌いなことでさえ、喜びに変わるのではないでしょうか。嬉しさや満足感がもっともっとあふれ、まわりの人たちに対して自然に優しくなれるということなのではないでしょうか。

 もう何年も前の、今でも心に残っている印象的な出来事でした。

 (SMG)