「神様は、背負えない十字架を負わせることはありません。背負う力があるから背負わせるのです」。
私は修練期にこの言葉を初めて修練長から聞いて、その後ずっと私に伴ってきた励ましの言葉です。
その言葉の原典はわかりませんが、聖パウロはコリントの信徒への手紙に次のように書いています。「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたを絶えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」(一コリント10・13)
今月私たちは聖フランシスコのご死去800周年記念を祝いました。聖フランシスコはラヴェルナ山で次のように祈りました。
「主イエス・キリスト、私の二つの願いを死ぬ前に聞き入れて下さい。まず、柔和であるイエスよ、あなたが耐えられたご受難の苦しみを私に味わわせて下さい。魂も体も出来るだけ深く実感することができますように。そして、神のひとり子であるイエスよ、罪人である私たちのために苦しみを受け入れるあなたの限りない愛を味わわせて下さい。出来るだけ深く実感することが出来ますように」
聖フランシスコにとっては、愛と苦しみが結ばれていたのです。
本修道会の創立者ムッター・マリア・アンゼルマは、聖フランシスコのように十字架に刺し貫かれたイエス様を仰ぎ見ました。彼女は御子の開かれた聖心を仰ぎ見、その尊い傷を通して神様の限りない愛を悟りました。
マザー・テレサの言葉も思い出します。
「飽くことなく与え続けてください。残り物ではいけません。痛みを感じるまでに、自分が傷つく程に与え尽くしてください」
痛みを感じるまでに、自分が傷つく程に与え尽くすこと、これはイエス様、また聖フランシスコ、ムッター・マリア・アンゼルマ、マザー・テレサ、そして他の大勢の聖人たちの生き方でした。私たちもその愛と十字架の神秘に与っています。
サレジオの聖フランシスコは次のように書きました。
「あなたの十字架
神は永遠からこの尊い十字架を賜物としてあなたに与えようとお思いになった。
父なる神はこの十字架をあなたに与える前に、愛の眼差しで御覧になった。
神はその英知をもって深く考え、正義の計りでお試しになった。
父としての深い愛から、
一ミリも大きすぎず、一ミリグラムも重すぎないように両手でお計りになった。
更に、神はそれを祝福し、お恵みと慰めで満たされた。
神は再びあなたとあなたの勇気を御覧になってから、天国から、愛の印としてあなたにこの十字架を贈って下さった」
それぞれ神様からいただいた十字架を背負い、愛と喜びのうちに日々主に従いましょう。

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